|
激動の2011年残すとろあとわずか。
3月11日の東日本大震災。 この先、2011年を思い出すとき、この事を真っ先に思い出す事だろう。 横浜の会議室にあるテレビでみた津波の映像は一生忘れないだろうし、 停電した横浜の街を只ひたすら西へ歩いた景色も忘れないだろう。 道ばたでコーヒーの差し入れを出すおばさん。我こそはと東北にボランティアをしにいく 行く人々、テレビで映った今時の女の子が都庁でマスクをしながら必死に救援物資を 仕分けする姿。。。 今の日本は政治家こそ頼りないが、強い国民がこの国にはこんなにもいるんだという事を 改めて感じた瞬間だった。 そんな2011年が間もなく終わろうとしている。 引き続き、2012年も支援を必要としているだろうし、出来る事はしたいと思う。 個人的にも9月に横浜に異動になり、それまで以上に大変ではあったが、仕事にもやりがいや 楽しさを感じてきた年だった。来年はさらに貪欲に仕事を頑張っていきたいと思う。 それではみなさんよい年を。
気仙沼に到着し、2日目の朝。
6時に起床し、昨日頂いたおにぎりでチャーハンを作り食べた。 避難所になっている鮪立(しびたち)老人憩いの家は高台の上に立っており、 昨晩到着した時は、辺りが真っ暗で何も見る事ができなかった。 宮城県唐桑半島に位置するこのエリアは三陸にあるリアス式海岸の 入り江の一つで、漁港があり、そのすぐ近くに数百の家々は海産物の加工場 などがある小さな町。 ![]() 高台からは津波にのまれてしまったその町並みを見る事が出来た。 テレビ等で見てはいたものの、実際目にすると言葉を失ってしまった。 のんぴーの案内で漁港の方へ降りる事にした。 避難所から漁港までは約1キロ。高低差は50mくらいだろうか。 歩いて15分程して、すぐに漁港まで降りる事が出来る。 海から海抜10mくらいの所までは何もかもが流され、残っているのは 自衛隊が整理したがれきだけだった。 地震発生当初は、家が土台を残し海に流され沖まで行ったり来たりを していたという。そして、今歩いている道路の真ん中にも家があったんだよ という事を教えてくれた。 鮪立という名前からも分かるようにこの町ではマグロ漁船に乗っている船乗り が多く、3億円したマグロ漁船は気仙沼市内で打ち上げられ、船を海に動かす 作業だけでも5000万円近くの費用がかかってしまうという。 ![]() 唐桑の町から避難所へと続く坂道を歩いていると、約1ヶ月前津波に襲われた時、 町の皆さんは生まれ育った町が波にのまれるのを後ろにしながらどんな思いで この坂道を駆け上がったのだろう。 そんなことを思いながらその坂道を歩いていると、遠くの方からゴーッという 地響きのような音が聞こえた。 すると、のんぴーが「地震がくるよ」といった。 歩いていたのであまり揺れは感じる事ができなかったが、この辺りでは地震が来る 時は地鳴りのような音が聞こえるようだ。 避難所に戻り、避難所のリーダー的存在の村上さんが 「おめさんだじ、厨房空いだがら使っでいいよ」 と言ってくれた。 厨房に入る前に、イベントで集めた救援物資車3台分を渡した。 救援物資の中でも事前に村上さんに聞いて提供したタイマー付きの炊飯器 は非常に喜んでくれた。これまでは、食事当番の人が4時に起きてご飯を 炊いていたそうでこれで朝もゆっくりと寝れるよと言ってくれた。 救援物資を手渡した後は、炊き出し用の食材を厨房に入れた。 厨房はメンバー7人に、唐桑町の女子高生さなちゃんを加え8人。 足の踏み場も無いくらいに埋まってしまった。 ![]() 昼食のメニューはうどん、炊き込みご飯にサラダ。 嬉しい事にこれまで炊き出しメニューでうどんはなかったとのこと。 豚汁やカレーが炊き出しメニューの定番のようだ。 しかし、11時半には提供できるよう野菜を切る人、だしを取る人に 分かれ作業した。 時間に追われながらも、厨房は笑いが絶えず楽しかった。 普段、女子高生と話す機会が無いからかさなちゃんにみんな(特に男性陣) が群がっていた。 「さなちゃん、こっちの人は何して遊ぶの?」 「んー、やっばし、たづぼんごは最高ですー」 「夏は小さい頃から皆でたづぼんごですよー」 「たづ文庫?」 文庫で遊ぶ?!どうやらこの辺の方言でたづぼんごとは海に飛び込む事を 「たづぼんご」というらしい。 「なら、さなちゃん、そのまま飛び込みでいいじゃん!」 「たづぼんごはたづぼんごなんですっ!!」 と怒られてしまいました。 そんなこんなで気がつけば11時。 うどんを茹でる。炊き込みご飯も一時どうなるかと思ったがなんとか うまく炊く事が出来た。 器を用意し、うどんを盛りつけ、お汁を入れ、トッピングをのせる。 避難所のお母さんたちと一緒になり、盛りつけ一皿ずつ完成させていく。 まるで餅つきをするかのようにリズミカルに うどん→お汁→油揚げ→ネギ→かまぼこ はいっできあがり!といった 感じでものすごいスピードだった。 12時近くになり避難所には昼食を食べに次から次へとやってくる。 人がやって来てはうどん、炊き込みご飯を提供する。 出したと思ったら、すぐに「おいしかったよ!ありがとう!」といって 食器を厨房に持って来てくれた。 うどんもお汁をだしから作ったからかお汁までも全部飲んでくれる人が ほとんどで嬉しかった。 ほっとするのもつかの間、目の前には洗い物が山のように溜まっていく。 ある程度してからぼくらもうどんと炊き込みご飯を避難所に人たちと一緒に テーブルに横になって食べた。 ![]() 気がつくと13時過ぎ。 夕食は17時半。これから残りの洗いものをし、、、なんてことを 考えていたら。結構時間がない。 夕食はメインの餃子500個。 がんばるしか無い!
先日の&フェスタで集まった救援物資、義援金で購入した物資
、炊き出しで使う調理道具、キャンプ道具を詰め込み、29日朝3時半。 同乗する友人を迎えに向かった。 4時過ぎに友人と合流し、近所の24時間スーパーに炊き出し用の食材を 購入しに向かう。なんせ約50人分の食材なのでどれだけ買っていいのか 分からない。 炊き出しメニューのうどん、ポトフ、餃子、炊き込みご飯用の食材、 救援物資用のビール1ケース、神奈川産の日本酒2本、焼酎を購入した。 レジのおねえさんも大変そうだった。 購入した食料を車に詰め込もうとするが、只でさえ物資の段ボールや 調理器具が入っていたのでなかなか入らない。 なんとかして、詰め込んだ。運転席、助手席から後ろは荷物であふれ後ろが 何も見えない状態だ。 そうこうしているうちに、すっかり夜が明け朝5時を回っていた。 他2台との待ち合わせ場所である埼玉にある蓮田サービスエリアへ向かうが、 首都高に入り朝の5時半だというのにものすごい渋滞で全く進まない。 結局、川口を通過したのが朝8時半近くだった。 東北道に入ると「渋滞45キロ」の表示が見える。 結局、川口からは断続的に宮城県に入る手前まで渋滞していた。 車は原発問題で揺れる福島県に入った。 東北自動車道は福島第一原発からかなり離れていたが、少し気を引き締めた。 車窓から見える景色は他の県と全く変わらないのだけれど。 しかし、風評被害の影響か畑にあまり人がいないようにも見えたが、 そんな中で、畑を耕していたりする人を見かけ、嬉しくなったし、応援したく もなった。 福島県に入り、30分程走っていると道路の路肩に「この先、段差あり。 注意して走行を」という看板が目につき始めた。 この看板は宮城県に近づくにつれ多くなる。3月11日の大地震の際に 隆起した道を直した跡である。想像するにどれだけ大きい地震だったのかが この凹凸の上を走るたびに察せられる。 また、福島県に入ると警察車両や自衛隊車両、緊急医療隊と書かれた車両。 これまでの家族連れ車両がメインだった東北道の様相が変わって来て、 少し背筋をのばした。 ![]() 宮城県に入り、他の2台と合流。 盛岡県の一関インターチェンジで降り、一路、気仙沼市に向かう。 一関インターチェンジを降りるとすぐ、国道沿いに半壊した建物が目に入って来た。 これまでの道中、地震によるこれほどまでの被害を見ていなかったので、 一瞬、言葉を失った。これから行こうとする場所をみたらどうなるんだろうと 思ってしまったが、被災地を見に行くんじゃない、助けにいくんだと思い、 気を鎮めた。 途中、ヒビの入った大型スーパーで炊き出し用の食材の残りを買い、 既に日が落ちた気仙沼街道をひたすら走る。 夜20時頃、今回のイベントの発起人であるさとし君の宮城時代の 友人であるのんぴーとの待ち合わせ場所である気仙沼市内にある セブンイレブンに到着した。 店内に入ると意外にも弁当、お酒、カップラーメン、お菓子や何から何まで 品切れることなく、びっしりと並べられていた。店内に限らず店の前も近所の コンビニと全く変わらない。 ここまでモノがあふれている事にびっくりした。段ボールにぎっしり救援物資 を入れてここまでやって来たが必要あるのだろうかとも思ってしまった。 近所のコンビニと唯一違うとすれば、このこのコンビニにくるのが、 どこか聞き慣れない東北方言ではない方言をしゃべるつなぎを着たおじさん達、 ボランティアに着たであろう若い人々だった。 やがて、のんぴーが乗った車が車がやってきた。 さとし君とのんぴーは2年ぶりの再会だったようだが、まさかこんな状態で 再会するとは2人も思わなかっただろう。 2人は会うやいなや抱き合った。 抱き合いながらのんぴーが 「おれ、ほんとに死ぬかと思ったよ」 と言った。 その言葉に、のんぴーのこの1ヶ月はどんなに大変な思いだったんだろう と思った。 のんぴーに先導してもらい今回行く気仙沼市唐桑半島にある鮪立老人憩いの家に向かう。 インフラはかなり回復したようで道路も街灯が灯っており、決して暗くはなかった。 車は唐桑半島に向かう為の測道に入り、しばらく進む。 周辺は、車のヘッドライト以外何も見えなくなっていた。 道はかなり悪くなる。気がつくと、車のすぐ横にはがれきになった家々の跡が 真っ暗な中から浮き上がって来た。 この様子をみて助手席の友人と話す事すら出来なかった。 間もなくして、「鮪立老人憩いの家」に到着した。 中に入ると頭にやわらちゃんのような真っ赤なリボンをつけたおばちゃん、 村上あやこさんが出て来た。 「おめだじ、何匹でぎだんだ?」 これまでの目を疑うような光景を目にして沈んでいた気分が吹き飛んでしまう様な 明るい人でこっちまで明るくなってしまった。 いきなり、 「ごれ、余っだおにぎりだっぺ、おめさんだじで食べろ」 と言われ、コンビニおにぎりを20個近く頂いた。 宿泊用にテントを持って来ていたが、隣接する元の幼稚園である児童館が 空いているのでそこで寝ていいと言われ、休ませてもらう事にした。 児童館の外は満点の星空で、ここまで綺麗な星空を久しぶりに見た気がした。 児童館の中はどの部屋も全国から集まった救援物資で埋まっていた。 その救援物資の横でぼくら7人はおのおのが持参した寝袋を敷き、 寝る事となった。 寝る前にのんぴーから地震のことを少し聞く事ができた。 当日はちょうど夜勤で気仙沼市から勤務先である大船渡市へ車で向かっていた。 途中、工事現場の横を走っているような揺れが感じ、どんどん大きくなり、 しまいにはハンドルに掴まっていないと体が振り回されてしまう程だった ようだ。 地震直後、まずは家に戻ろうと思いUターンさせ陸前高田市に差し掛かると ものすごい渋滞だったため、山方面へ車を走らせ、高台に避難し無事だった とのことだった。その直後、さっきまでいた陸前高田市はあっという間に 津波にのまれたそうだ。 その時の光景は未だに信じられないと言っていた。 みんなで短い滞在で何が出来るかを考え、床につくことにした。 →2日目に続く。
先日の土曜日は嵐のような大雨の中、ご来場頂き有り難うございました。
スタッフ、アーティスト、来場者含め約150名集まる結果となりました。 義援金として161,556円集まり、当日出展した飲食等の売上から イベント運営費を差し引いた約50,000円合わせて約21万円もの お金を救援物資購入費、活動費に充てる事が出来ます! 3月11日に大地震が起き、テレビでは悲惨な光景が流れ、募金しかできない 自分に無力さを感じていた中で、アウトドア仲間の一人の友人が気仙沼市の 避難所に避難しているという話を聞き、人ごとではないと強く思ってから約1ヶ月。 復興に向けたほんとに小さな一歩ではあるけど、手助けが出来ればと多い、 友人達と打ち合わせを重ね、なんとか実行する事が出来ました。 イベントはスタッフ、アーティスト、来場者、中には懐かしい友人等々。 いろいろな人と人が「&」で繋がった気がします! この小さなそれぞれの「&」が東北の人たちの「安堵」に繋がればと思いました。 しかし、本当の目的はこれから。 イベントが終わった翌日に都内のリサイクルショップ等を回り、集まったお金で 救援物資を購入しました。 このイベントで集めた救援物資、義援金で購入した救援物資、イベントで集めた 「虹たね文庫」約350冊をもって29日に気仙沼市唐桑町にあって、 今なお約50名の方々が避難している避難所・鮪立(しびたち)老人憩いの家を訪ね、 炊き出しも行う予定です。 イベントに参加してくれた人も本を提供してくれた人もこれからは気仙沼の人と繋がる事を忘れずに支援を続けてくれればと思います。 ![]() 毎日流れる映像に心を痛める日々。 数日後、2年程前に知り合った友人から気仙沼にいる友達が 大きな被害を受けていて、助けてほしいというメールが流れて来た。 そのメールを読んで、身近な所で被災している人がいる事を知り、 我に返り、募金しかできないと思っていたけど、何かやってみよう と思い、3年前から年に1回程イベントをやっているアウトドア仲間 と今回のイベントをやろうという事になった。 今回のイベントで集まった収益は全額、物資購入費にあて、GWに車3台で 気仙沼の避難所へ届ける予定です。 ぜひ、来てください。 当日は、救援物資も募集しているので持って来てくださいね! ーーーーーーーーーーーーーーーー チャリティーイベント@川口アートファクトリー &フェスタ 日 時:4月23日(土)12:00~19:30 入場料:500円+募金(会場でメッセージも募集!) 場 所:川口アートファクトリー内SPACE ZERO(スペースゼロ) http://www.art-kouba.com/ 埼玉県川口市元郷2-15-26 交 通:京浜東北線川口駅から徒歩20分 または東京メトロ直通埼玉高速鉄道川口元郷駅から徒歩5分 企 画:虹のたね http://ameblo.jp/nijinotane (新しい情報などはこちらで確認していただけます) 【イベント内容】 *入場料¥500と、商品の売り上げは東日本大震災の被災地への義援金となります。 また、5月の連休に気仙沼周辺地域に義援金と物資を届けに行くとのことなので、救援物資も会場で募集しています。 下記の救援物資募集の欄に具体的な品名を挙げましたので、 ご協力いただければと思います。 【展示】 ・フォトグラファー小原一真による被災地レポートと写真展 地震発生以来、宮城県南三陸町、石巻市、岩手県陸前高田市、気仙沼市と三陸地方を中心に被災地を回り、撮影取材を行う。 http://kazumaobara.com/ 【ライブ】 13:00 ・わだちひろ(ウクレレ)ジャンルレスな演奏とファンキーな歌声 13:40 ・彩世(キーボード)吉祥寺を中心にライブ活動する22歳 14:20 ・TEND(R&Bコーラス)時に繊細に、時に大胆に積み重ねられる4人のコーラスワーク 15:00 ・バゼルバジョン(JAMバンド) 15:40 ・恵弾(バイオリン) 生演奏を届けに被災地、女川へ。闘うバイオリン弾き 16:20 ・Hale Bale(ウクレレ&パーカッション) Kiriの心地よい歌声と独特のビートを奏でるPanPanPanによるアコースティックユニット 17:20 ・一期JAM(ジャンベ) 地域のお祭り、キャンプイベント、結婚式、呼ばれればどこでも登場! 18:00 トークショー 現地報告「カメラマンが見た被災地」 (カメラマン小原一真) 地震発生以来、宮城県南三陸町、石巻市、気仙沼市、岩手県陸前高田市など被災地を回り、撮影取材を続ける 18:40 ・正太郎(ギター) 高円寺を中心に活動する体育会系社会科教師 【ワークショップ】 ・ヨガ(講師:藤井ゆり絵) リラックスヨガ(1H×2回を予定)→動きやすい服装で。参加費1000円。 ・マッサージ(Green Island) タイ式リラックスマッサージ 【物販】 ・Muak 帽子 タイ生活を経て、手織り生地や手編みなどをアレンジした新しい帽子の形を追求。現在、タイ北部チェンマイと東京に工房、アトリエを構えて活動する。春の新作も。 ・百糀(ももこうじ) アクセサリー 旅先でみつけたビーズや貝殻を使ったアクセサリーやをイベントなどで販売。今回は東北を旅したときに出会った人々の優しさや雪の風景を表現した「北灯り」シリーズを中心に出します。 ・TUNAGU SOAP 石けん 「人と自然を繋ぐ石けん」をコンセプトにした天然植物原料をメインに使った石けん。オリーブオイルやココナツオイルをベースに、スパイスやハーブを使った石けんは人にも自然にも優しい。 ・Crochet (クロチェ) ニット ・アジアンプライド 洋服&雑貨など ハッピーな雑貨に囲まれた至福の生活空間をモットーに、自然素材を使用した衣料や雑貨をネパールで製作。染色は全て草木染めしている。 【飲食】 ・Sunday Sunny Milktea 茶葉&スイーツ 益子のカフェ「テテ」でカフェ部門を担当していた紅茶ブレンダー。2005年に、誰にでも飲みやすく、いれやすいお茶」をテーマに独自の紅茶ブランドを立ち上げた。 ・Su-cafe 工場の中のカフェ KAWAGUCHI ART FACTORYの敷地内において、さまざまなジャンルの人たちが出会い、繋がりを広げてゆく事を目的とした場所として不定期でカフェをOPENし、イベントを企画している。今回は、Sunday Sunny Milkteaさん紅茶やスウィーツをお預かりし、販売いたします。 また地元川口のコーヒー豆屋さんから当日焙煎してもらう美味しいコーヒーや、atorie f のケーキもカフェでお出しする予定です。 【救援物資 募集!】 ・簡単に食べられるもの →カップラーメン、レトルト食品、野菜ジュース、スポーツドリンクなど ・日用品 →ハサミ、軍手、セロテープ、ガムテ、袋、歯ブラシ、歯磨き粉など ・薬 →絆創膏、風邪薬、胃薬など ・お風呂に入れないので →ウェットティッシュなど ・嗜好品 →たばこ、お酒など ・本 ※家に眠っているものでも未使用、賞味期限の過ぎていないものであればお持ちください。 ※アウトドア用品も大歓迎です。 【にじたね文庫〜つながる本プロジェクト】 読み終わった本も大々的に募集しますので ぜひ持って来てください! 当日、持って来て頂いた本は「虹たね文庫」として預かります。 そして、提供者のお名前、メッセージを書いてもらい、現地に届けます。 現地でも読み終わったら提供者の名前の次に読んだ方の名前を書いてもらい、 提供して頂いた本が東北中を旅し、本の提供者と東北の皆さんとがつながっていけば、 という思いからこのプロジェクトを行いたいと思います。 ぜひ、協力をお願い致します。
ごぶさたしてます。
ゆうたです。 この度、本日5日(火)から10日(日)まで渋谷のLEDECOというギャラリーで 合同の写真展をやる事になりました。 以前通っていた写真学校の仲間との写真展です。 離れてからもう2年近くたってしまうのですが、デジカメを買ったものの どうしてもフィルムから抜け出せず、未だ銀塩でやってます。 ここのところ、しばらく撮っていなかったので過去に出した作品のものも 多いですが、見てみてください。 他の人の作品も素晴らしい作品ばっかりで飽きないと思います。 ただ、世間一般で言う風景写真というのではなくて撮影者が表現したいもの をカメラで撮影したいわゆる「シリアスフォト」というジャンルなので なじみない人には難解かもしれませんが、感じるものはあると思います。 ちなみに、9日(土)の11:00〜15:00、10日(日)の11:00〜13:00は 会場にいます。 ![]() ![]()
先日、2010年のアウトドア納めという事で
友人Tひこと山梨県と長野県の県境にある金峰山に行ってきた。 バックパックにテント、寝袋、食料を持って。 なんだかんだ詰め合わせると重さ15〜20kg近くになる。 背負う時は、結構大変だ。 学生の頃、いわゆるバックパッカーだった頃、パッキングして 荷物を背負う時というのは、次の街に向かう時だった。 次の街では何が待っているんだろうというワクワク感や 通いつめ、知り合いになったご飯屋さん、チャイ屋さん、 宿の人々との別れの寂しさ。 バックパックを背負う事で色々な気持ちが一気にやってきたものだった。 だから、今でも重たいバックパックを背負うとかつて味わった様々な気持ちを 思い出し、ワクワクする。 山に登るようになってから、肩に食い込むくらいのこの重量感がたまらなく 好きになった。バックに「衣食住」の全てを詰め込んで旅をするというのは なんと楽しい事か。 ![]() 三頭山、仙丈ヶ岳、白馬岳、燕岳、鳳凰三山、赤岳、天狗岳。。。 今年も様々な山に登ってきた。 アウトドアでは、瀬戸内海の小島に友達とサバイバルキャンプに行ったりもした。 (最終日、額を切ってしまう怪我をしてしまったが。。) 夏に行った白馬岳は、昔、タイで会った大阪に住んでいる友達と行ったのだが、 まさかあの時、後々一緒に山に行くとは思わなかった。 白馬岳はほぼ毎年、スノボをしに行くくらいだったが夏の白馬岳は高山植物の宝庫 と言われていて、とにかく高山植物が綺麗で冬とはまた違う綺麗さだ。 また、山でキャンプをするととにかく星が綺麗。 なんというか、星が見えすぎて星座がわからないくらい。 ![]() ![]() 秋に行った八ヶ岳の赤岳、天狗岳、鳳凰三山はとにかく天気がよくて 朝の御来光や稜線歩きはたまらなく気持ちよかった。 鳳凰三山は南アルプスの北岳を真横に眺めながら歩けるので気持ちがいい。 薬師岳の山頂からは伊豆半島までもが見る事ができた。 大阪の友達もすっかりハマってしまったようで、金曜の夜、大阪を出発し 日曜の夕方に新幹線で帰るという強行スケジュールも苦にならないようだ。 ![]() ![]() さて、そして冬の金峰山。 登り始め、1時間程するとちらほらと前の週に低気圧が通過した時に降らした 雪がちらほらと出てきた。 2時間と少し歩くと、1日目の宿泊予定地のテント場に到着。 早速、少し下った所にある水場に水を汲みにいった。 しかし、そこは日が当たらない所で30cmくらい雪が積もっていた。 もちろん、水もめちゃくちゃ冷たい。 テントの中に入り、夕食を作りTひこと自然の寒さで冷えきったビールで乾杯。 都会の居酒屋で飲むお酒もいいけど、大自然の中で飲むお酒も格別だ。 ![]() といっても、山の夜は早い。 日が暮れてからは寒く、やることもあまり無いので しゃべり、飲み、本など読んでいたらすぐに眠くなるので たくさん着こんで寝る。 夜中、目が覚める。外の空気がキーンとして冷たい。 見上げると無数の星が見える。 気温計をみるとマイナス16度だった。 外にずっといると凍り付いてしまいそうだったので テントの中に入り、寝袋にくるまった。 翌朝はまた雲一つない快晴だった。 テントをデポし、金峰山山頂を目指す。 しばらくすると岩に氷がへばりついていてツルツルして登れないので アイゼンを装着した。登っていると暖かくなってくる。 2時間くらい登っただろうか。 金峰山山頂へと続く稜線にでた。 一気に視界が開け、北に八ヶ岳連峰、南に富士山、南西には南アルプス、 北西には北アルプスまでもが見えテンションがあがった。 ![]() そこから1時間程で山頂に到着。 山頂ではバックに忍ばせておいたビールで乾杯。 最高のひと時。 360度の視界。 しばらくじっと周りを眺める。 しばらくすると、おじさんが一人で登ってくる。 そのおじさんもこれほどまで雲一つないのは初めて見たと興奮気味。 写真を撮り合い、別れた。 30分くらい絶景を堪能してから下山。 テントを撤収し、駐車場まで戻った。 その後は増富ラジウム温泉に浸かり、疲れを癒した。 2010年最後のアウトドアとしては最高の終わり方だった。 2011年はどんな1年が待っているだろうか。 また、皆さんご一緒してくださいね!
大学時代、バックパックを背負い世界中を旅していた頃、
旅先でよく「偶然の再会」をしていた。 なぜだか、旅先では「偶然の再会」がよく起こる。 ベトナムのような縦に長い国では行く先々で再会するのは よくある話。 中国のカシュガルの宿で一緒だった人と2年後のヨルダンの首都アンマンで再会。 ラオスのルアンパバーンの宿で一緒だった人と2年後のイランのバムで再会。 パキスタンのフンザで一緒にトレッキングした人と1年後のイエメンのネットカフェで再会。 などなど、旅をしている時はよくこういった「偶然の再会」が起こり、また、心のどこかで誰かと再会するんじゃないか、と思ったりもしていた。 そして、今日。 外出先から会社に戻り、落ち着いた所で、向かいの会社の人が来社。 取引のある会社でいつもの人かと思っていると、よくよく見るとどこかで見た事のある顔。 名札を見ると、一気に10数年前がフラッシュバックをした。 なんと、13年前の高校3年生の時の、「友達の友達」ではないか!! 「友達の友達」といっても、何回か遊んだ事のある友達で、当時は携帯(PHS)の番号を交換していなかった。 話を聞くと、13年前のその後、大学を卒業し今の会社に就職し、長野県でしばらく勤務しそこで出会った人と結婚をし、2人の子供を授かり今の職場に移ってきたみたいだ。 自分も、大学卒業後は山梨県で2年近く働き、相模原に異動になりつい半年前に今の職場に移ってきたばかり。 一瞬にして話が盛り上がり13年前に戻ってしまった。 その場でアドレスと名刺交換をし、飲む約束をして分かれた。 大学を卒業後は日々の忙しさに埋没し、空いた時間は趣味に没頭し、充実した日々を送ってきた。自分が高校生だった頃から今までの自分を知らない人と再会するというのはなんとも新鮮で、まさに積もる話をあるというところ! 早く時間を見つけ、飲みにいきたい。 自分がこの13年生きてきた同じ時間軸でそのJ君も同じ時間を生きてきた。 なんだか不思議な事だけど、当たり前の話。 今から楽しみだ。 過去の話ばっかりするのは好きではないけど、たまに振り返る過去もいいもんだと思う。
先週の土日。
奥多摩に行ってきました。 奥多摩に行ったのは去年の12月以来。 当初は南アルプスの鳳凰三山に行く予定だったのだが、 大雨警報が出ていたので、割と楽な低山にする事にした。 上野原からバスで登山口まで行ったのだが、雨が降ったりやんだりの 天候。それでも、弱い雨だったので歩くには苦にならない。 むしろ、生い茂った森の緑が雨にぬれて映え、ものすごく綺麗な緑だった。 ![]() ここまで綺麗な緑は昔行った屋久島を思い出させた程だった。 意外と近くにいい所はあるものだと再発見した。 1時間半くらいかけ一気に登り、尾根に出る。 そこからは尾根づたいに歩く。 途中で、ちょっと早い昼ご飯。 そして、ビールで乾杯。 一緒に行った友達の一人はなんとバックパックにビールを8本も 忍び込ませていた。。。。恐るべし。 ![]() 登山口を出発し、約3時間。 本日の泊まる「三頭山避難小屋」に到着。 先客は誰もいなかった。まあ、こんな日に泊まる人いないか。 ちょっと、休んでから水汲みと夜に飲むビールを冷やすために、 「三頭ノ大滝」へ。1時間くらいで到着してしまう。 落差33m。圧倒された。滝は水しぶきをあげ落ちていくのを観ているだけで 癒される。 ![]() ![]() 小屋に帰ってからはちょっと早いけど、夕食作りの準備。 そこからはご飯食べ、ビールをクイクイと飲み、オランダ戦に備える。 なんとか、ワンセグが入りオランダ戦を観戦。 人里離れた山奥の小屋で携帯で遠く南アフリカで行われているサッカー中継を観るとは 世の中変わったものだ。自分が高校生の時にポケベルをピコピコやっていたのを 思うと変化は早い。 オランダに破れてからは疲れと明日の朝の出発が早いため22時には就寝。 翌朝、3時半に起き、支度をすませ、三頭山にご来光を眺めにいく。 しかし、生憎、天候は良くなく辺りが雲に覆われていて朝日は見えなかったが、 朝の青白い光は何とも幻想的なものだった。 ![]() ![]() 一旦、小屋に戻り荷物をまとめ、出発。 朝もやがすごかったが、雰囲気があってこれはこれで良かった。 そんな中、4つの小さな山の頂を越えるとバス停につながる急坂が始まる。 その道はほとんど登山者は通っていないような道で、ある所は木が倒れていたり 草が生い茂っていたりで道がなくなっていた。 そんな道を1時間半程下るとようやくバス通りまで降りる事ができた。 ![]() バスで上野原まで帰ってからは温泉。 疲れた体には温泉が身にしみる。 この気持ちよさの為に登っていると行っても過言ではない! 結果的に鳳凰三山に行けず残念だったけど、奥多摩の良さを再発見した気がした。 あんなに緑の綺麗な所はなかなかないでしょ。 ところで、 昨日は九十九里に友達を波乗りに行ってきたのだが、最近、山→海→山と週末は 小学生の夏休みがパワーアップしたような過ごし方をしている。 しかし、夏は気がついたら終わってしまう。 悔いが残らないよう、突っ走りたいと思います。
GW.
1年前。 南房総でキャンプ。 2年前。 友人と式根島。 なかなか長期休みを取る事ができないので GWは毎年ワクワクする。そして、数年前のGWにどこへ行ったか 覚えているものだ。 今年はGWが始まる前から山へテントを持っていきたいと思っていた。 去年は5月から12月まで毎月登っていたが、1月からは何かと忙しくなり、 また、友達と予定が合わなかったりで行けずにいた。 4月の半ばに友達と近所の丹沢に登り、足慣らしをし準備万端だ。 4月30日。 月末の仕事で思ったよりも遅くなってしまい、友達に何度も集合時間の変更の メールをするはめになってしまい、待ち合わせは夜中1時。 それから、ちょっと腹ごしらえをし、いざ中央道へ。 連休の初日だったからか夜中の4時だというのに途中で寄った双葉SAは大混雑で 車が止められない程で本線に合流する加速車線にも車が駐車している状況だ。 太陽の光が東から昇り、空は雲一つない青空。 進行方向、向かって右の窓からは頂きが尖り、雪を被った八ヶ岳連峰を 眺める事ができる。 諏訪ICで降り、山方向へ車を走らせ、1時間。 八ヶ岳の登山口がある「桜平」という駐車場に着く。 そこで、しばし仮眠を取った。 9時頃、隣の若い男女のガヤガヤ楽しそうな声で目を覚まし、 自分らも準備をする。 今日の目的地は本沢温泉。 通年営業している温泉では日本で最高所にある温泉だ。 早速、登り始めるが雪が多い。 アイゼンを靴に装着。正直、アイゼンがないとツルッツルで登れません。 ![]() 装着し、アイスバーンの所はザクザクとそうでない所はサクサクと登っていく。 時折、積雪1m近い所はズボッと足が埋まってしまう。 順調に、夏沢鉱泉、オーレン小屋と通過。 この辺りは雪が積もってはいるが、斜面がなだらかなので危険な場所ではなく 快適に歩く事ができる。 オーレン小屋から30分くらい登ると、夏沢峠という峠に出る。 ここでは、雪が1m50くらいは積もっているだろうか。 去年の秋に来た時とは比べ物にならないくらいの積雪だった。 ![]() そこからは急斜面な一歩踏み外せば、5mくらいは滑り落ちてしまうだろう 山道を進む。 雪が積もりすぎていて、去年の秋に来た時とは道が全く違うように見える。 1時間程歩くと硫黄の匂いがしてくる。 温泉が近い!とテンションもあがってくる。 すぐに本沢温泉の小屋がみえる。 山小屋から少し下った所に本日の宿泊場所であるテントが張れる場所があり、 テントを設営し、いざ温泉へ。 温泉への道標となる看板さえも雪に埋もれかけている。 ![]() 看板づたいに歩くと、眼下に温泉が! 脱衣所もないまさに野天風呂。 GW。しかし、ここは標高2150m。 寒い!!服を脱ぐと同時に温泉に浸かる。 暖かく、気持ちいい! 目の前には夕日で赤く染まる硫黄岳が見える。 なんとも贅沢な温泉。 ![]() すっかり、暖まった後はテント場へ戻り宴の準備に取りかかるのであった。。
|
カテゴリ
以前の記事
2011年 12月
2011年 05月 2011年 04月 2010年 12月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 09月 2008年 07月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 お気に入りブログ
最新のコメント
LINK
ライフログ
検索
タグ
ネームカード
おすすめキーワード(PR)
ファン
|