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あけましておめでとうございます!

あけましておめでとうございます!

ついつい、そんな台詞を言ってしまいそうなほどの今朝の富士山!
ものすごく綺麗だった。

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朝起きて、ふと西に目を向けると富士山が輝いている!
思わず時間を忘れ、ベランダに出てデジカメでパチリ。
冬は空気が澄んでて、富士山がものすごく綺麗に見える。
夕方の富士山のシルエットがものすごく綺麗に見えるのも好き。

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思わず、アップにしてみる。
今年の夏、あの頂上まで行ったんだな~、としみじみ。
登ってる時は、ただただ無心で登っていて、面白みの無い山だったけど
いざ、遠くから見るとやっぱり、富士山はいいな~。

甲府に住んでいた頃、朝、日の出前に起きると、東からの太陽の光で
西側に見える南アルプスの山々が真っ赤に染まっているのを何度か見た。
山って、結構神秘的な部分があっていい。

来年はそんな南アルプスに登ってみたい。


今年1年ほんとに楽しい1年だった。
みなさん、有難うございました。

また、来年も皆さんにとって良き年でありますように。
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by yutasaito23 | 2006-12-30 00:15 | 日記

年末のある一日

今日は休日。
月曜から休日っていうのは悪い気がする。
まあ、日曜が仕事だったのでいいとするか。

朝、起きて部屋の片付け。掃除。
昼くらいからチャリを走らせる。
写真を現像に出し、駅前の銀行へ。
さすがに師走だけに、銀行は混んでいた。

銀行での用も済ませ、そのまま海へ。
15分ほど走り、海岸線へ。
いきなりパッと広がる開放感が好き。
海岸線に出てからは西へ。
海沿いの遊歩道を走るのは気持ちいい。

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しばらくすると、秋までサーフィンに通っていた
大磯が見えてくる。
今日は波のサイズがあまりに無く、10人くらいしかいなかった。
早くフルスーツを買って入りたいけど、意外に高くて5万位する。
その先には、大磯港がある。
真っ黒に日焼けしている漁師たちがたくさんいた。


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次第に、ランナーズハイならぬサイクリングハイになってきて
結局、二宮まで行ってしまった。












家に帰ってきたのは夕方で、今日はご飯を作ると決めていたので
早速、近所のスーパーへ。

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結局、作ったのは「味噌風味キムチ入り麻婆豆腐」「ボンゴレロッソ」の2品のみ!
思いつきで作ったので、和風、イタリアンというわけのわからない
組み合わせになってしまった・・・・。

まあ、おいしかったからよしとするか。

今年も後1週間も無いなんて。ほんとあっという間だったな。
ほんとに1年が早い!日々を大切にしなくては。
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by yutasaito23 | 2006-12-25 20:42 | 日記

<アジア横断旅行記28>世界の半分

昼過ぎにバムを出発した。
イランのバスは道が整備されているせいもあり、
非常に快適だった。

途中、ケルマンという街に寄り、夕食を食べてから、
バスを乗り換え、かつて「世界の半分」と言われた
イスファハンへ向かう。

バスが出発したのは夜8時半。
バスが出発するとすぐに、備え付けのテレビで
「バックトゥザフューチャー3」をやっていた。
途中、何度か検問があったがぴりぴりした雰囲気は
感じられなかった。

ケルマンを出発して10時間。
辺りはまだ真っ暗だった。街の明かりなど全く無い
荒野を走っていたが、急に遠く地平線に、ものすごく
光る街の明かりが見えた。
隣のイラン人に「イスファハン?」と、聞いたらうなずいた。
少しずつその光が近づいてきた。

朝7時にバスはイスファハンの郊外にあるバスターミナルに到着した。
着く直前に車窓から見た景色は、自分が想像していたイランとは
全くかけ離れていた。
あ~ヨーロッパだな、と感じた。
街中には綺麗に整備されたロータリーがあり、道路の端には
綺麗な花が咲いており、電気バスまで走っている。
街行く人の格好は皆綺麗。チャドルを着た女性はとてもエキゾチック。
皆、目や鼻立ちがすっきりとしていて綺麗だった。

その後、バスの中で知り合ったイスファハン大学の学生の学生寮に行った。
学生寮の敷地がほんとに広かった。
彼らの寮に入り、チャイとチャパティにハチミツを塗り、それにピスタチオを
のせて食べるというイラン式朝食を食べさせてもらった。
意外な組み合わせだったけどおいしかった。

彼らと別れて、イスファハンの街中にある安宿にチェックインした。
すぐに、イマーム広場(王の広場)へ行った。
しかし、期待していた以上に大きく、広場の中には車道もあり、
観光客用に馬車が走っていたりと多少興ざめしてしまった。

しかし、広場の周囲にバザールがあり、香辛料、生地、絨毯屋などが
軒を連ねていて、それを見ていると、かつてここがシルクロードの要衝で
貿易が栄えていたんだろうな、というのをひしひしと感じられた。

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広場を歩いていると、日本人によく似た人々を見かける。
噴水のところで腰掛けていると、声を掛けられた。
話すとアフガニスタン人のようだ。アフガニスタン人でもハザラ人という
人種のようだ。ハザラ人にはこの旅で、ペシャワールでも会った。
彼らは日本人と同じモンゴリア系で多くはアフガニスタンのバーミヤン周辺
に住んでいる。彼らと同じくして、アフガン内戦を逃れてイランへ来ている
アフガン難民は多い。タリバン政権が崩壊し、アフガンに残っている
親族と連絡が取れるようになった、と喜んでいた。

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夕方近くになり、イマーム広場にあるモスクからいっせいにイスラム教の
祈りの時間を告げるアザーンが流れる。
イスラム圏を旅しててこのアザーンが流れるのを聞くのがすごく好きになった。
町中に流れ、モスクでは人が集まり、皆お祈りをしている。
日本では毎日、皆が祈りを捧げているのを目にしないので、
ほんとうに異国にいる気がする感じが好きだ。

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それから、少し歩いたところにある橋の下のチャイハネに行った。
そこでは、みな夕方ののんびりした時間をチャイを飲んだり
水タバコを吸ったりして思い思いの時間を過ごしていた。

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イスファハンにはかつての古都としての落ち着きが感じられた。
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by yutasaito23 | 2006-12-22 20:28 | 海外旅行

初自転車小旅行!

先月、自転車を買ってから、気づけば約1ヶ月。
試しで乗って以来どこにも出掛けていなかった。
今日は初の自転車小旅行!と張り切って海にでも行こうかと
思ったけど、結局、地元に留まった。

しかししかし、普段ママチャリでせいぜい駅に行くか
ツタヤに行く時にしか乗らないこの「乗り物」。
目的の無いチャリ乗り。
こんなにも楽しいものだとは思わなかった。

車だと感じられない、「感じ」がびんびん感じられる。

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早速、好きな音楽を聴きながら東へチャリを走らせる。
10分もすると相模川の河川敷にたどりつく。
その河川敷は小学校の頃、少年野球の試合でよく来ていたとこ。
今日もそこでは野球の試合をやっていた。
土手に自転車をとめる。
土手なんてほんとに久々に来た。
なかなかいいもんだ。









土手からまた少し走ると、毎年、大晦日に決まってやってくる神社に行った。
いつも、大晦日に幼馴染と来る時とは違って、人もいないし夜店も出てない。
季節外れの紅葉と神社が妙にマッチしていた。

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チャリに乗ってると、普段見ている世界がまるで違うように見えてくる。
何でかわからないけど。
思えば、車に乗ってるときは車外の世界とは隔たりがあるし、心も余裕が無いし
、駅に向かうチャリではどこか時間ばかり気にしているし。

新たな世界を感じた気がした。

これから少しずつ距離を伸ばしていこう。
まずは大磯、鎌倉、三浦半島。
春には伊豆まで行こう。
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by yutasaito23 | 2006-12-18 00:41 | 自転車

<アジア横断旅行記27>今は無きアルゲバム

アルゲバム。
イラン南東部に位置する遺跡。
約300年前にそこで暮す人々が忽然と姿を消したと言われている。

最初、この遺跡を知ったのは「深夜特急」という大沢たかお主演の番組
を見たのがきっかけだった。
その時、アルゲバムの存在を知って無性に行きたくなった。
ペルセポリスと比較したら歴史は浅いけど、なぜか惹かれた。


ザヘダンを出発したバスは4時間ほどでバムの街に着いた。
到着した日はすでに夕方だったので、ご飯を食べて翌日に備えて寝た。


翌朝、7時に起きてアルゲバムの遺跡まで歩いた。
宿からは30分ほどの距離だった。

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中に入ってみると、意外と遺跡がきれいだった。
中は迷路のようになっていて、かつて、人が集まっていたような広場や、
公衆浴場の後があったりした。

結局、遺跡の中には1時間ほどしかいなかった。


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帰り道、バザールに行った。
バザールの中を歩いていると、すぐにチャイハネ(チャイ屋)でチャイを
飲んでいたおじさんが「来い、来い」というジェスチャーをしてきたので、
チャイをご馳走になって、そのチャイを飲もうとしたのだが、
その飲み方が面白かった。

まず、最初に角砂糖を口に含み、グラスに注がれたチャイを受け皿に注ぐ。
そこで、熱々のチャイを冷まし、口に入れる。
徐々に、口の中に含んだ砂糖を溶かしながら飲んでいく。
しかも、うまいことにちょうど一杯なくなる頃に、口の中に含んだ角砂糖も
なくなるようになっている。
結局、おじさんにチャイをおごってもらった。
バムの街では親切な人にたくさん出会った。

こじんまりとしていていい街だった。

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自分がバムに行った翌年の12月、M6を越す大地震に襲われた。
死者4万人を超す大惨事だった。
最初、このニュースをテレビで見たとき、自分が1年前に見た
アルゲバムの姿は無残にも崩れていた。
遺跡の中で会った青年、修理をしていた人達、バザールのおじさん、
街中で明るく声をかけてくれた少年、宿のオーナー達を思い出した。
ただ、無事を祈るしか出来なかった。
幸い宿のオーナーは友人の情報で無事だったとの事。

改めて旅は平和だからこそ出来るもんだな、と思った。

イラン南東部地震
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by yutasaito23 | 2006-12-11 23:09 | 海外旅行

<アジア横断旅行記26>夜行バスでイランへ

夕方、パキスタンとイランの国境の町、タフタン行きのバス
に乗る。

バスは、クエッタを出発するとすぐに砂漠地帯に入った。
すぐに暗くなったのであまり外は見えない。
ただ、くねくねと山を登ったり、まっすぐな道をものすごい
スピードで突っ走っているのは分かった。

夕方出発したため、バスは日没前と日没後、礼拝のため止まった。
乗客の礼拝が済むとバスはまた動き出す。
彼らが砂漠の真ん中で同じ方向に向け祈っている姿を見ていると、
なんだか遠いところまで来たんだな~、感じると同時に
イスラム教徒の敬虔さを感じる。

バスでは、なんとラホールからクエッタまで一緒だったパキスタン人
と一緒だった。隣に座ったのは頭にターバンを巻いているタリバン兵
といわれたら信じてしまいそうな男だった。
彼がまた臭いわ、寝る時にやたら場所とるわで困ったもんだった。

午後10時過ぎ、食事休憩と礼拝を兼ねた約1時間近くの休憩。
みな、おいしそうな食事を食べている。
今日はずっと下痢気味だったのでリンゴジュースを飲んだ。

それからは午前4時まで休み無くひたすらバスは走り続けた。
午前4時、若者連中が降りると、ようやくバスの乗客がだいぶ減り
これでのんびり寝れると思って思い切り寝転んだら、パキスタン人に
起こされた。
どうやらタフタンに着いたらしい。
それにしてもまだ午前4時半。辺りは真っ暗だ。
結局、国境が開く9時まで待つ事にした。

バス停から国境まで30分くらい歩くと、南北にひたすら柵が伸びていて
その真ん中にイラン革命の指揮者ホメイニ氏の肖像画のある小さな小屋
が見えた。イミグレーションだ。

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パキスタン側で出国のスタンプを押してもらい、そのままイラン側へ。
イラン入国用の申請用紙を書き提出して2,3分。
あっさりと入国スタンプを押してもらった。

国境から一番近い街であるザヘダンまでバスで一緒だったパキスタン人4人と
タクシーをシェアした。5人もいたので結局、荷台に乗ることに。
しかし、一本道を風を切って走るのはめちゃくちゃ気持ちよかった。
イラン高原が真横に見えた。

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国境から走り始めて約50分。
街中に入ってきた。この辺りに来ると、東洋人が荷台に乗ってるからか
やたら視線を感じる。
それにしても、この時感じたのは、イランの道はとてもいい。
街の雰囲気がどことなくヨーロッパを感じさせた。
トルコに近づいている、という事を決定的に感じられた。
パキスタンのような雑踏とした雰囲気はあまり感じられないし、
どことなく街に落ち着き、というものが感じられる。
かつて、イランがペルシャ帝国時代にかもし出した雰囲気が今に
残っているからかもしれない。

ザヘダンに着いてすぐ、イランの最初の目的地であるバム行きの
バスに乗った。
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by yutasaito23 | 2006-12-07 18:34 | 海外旅行

母校の健闘

今になって知ったことだけど、先月末、母校、神奈川県立秦野高校が
女子駅伝で県大会優勝に続いて、関東大会でも優勝したらしい。
すごい、としかいいようがない。
12月末の全国大会が楽しみだ。

中学、高校と陸上をやっていて短距離が専門だった。
中学時代はそこそこの成績を残していたものの、
「強豪高」に憧れがあり、学区外の秦野高校に進学した。
入学式の前に練習があり、話を聞いてみると、回りはみんな
県大会で優勝していたり、中学時代から近辺では名の知れた
人ばかり。先輩たちもみなすごい人ばかりだった。

さすがに、練習、ミーティング等しっかりしていた。
円陣を組んでミーティングしてる輪に入って「これ、これ」
これがやりたかった。と心の中で思っていたのを思い出す。

うちの高校は伝統的に長距離が強かった。
県立高校ながらも学区外から数多くの人が来ていた。
自分がいた頃も、男女とも毎年関東大会まで行っていた。

高校時代は部活のイメージが強い。
今はあの練習ははっきり言って出来ないけど、
たまにニュースや新聞で後輩の活躍を知るのもうれしいな。

最後の最後の大会で関東大会に行けたのも秦高に行ったからだろうな。

久々に走ろうかな。5キロくらい・・・。
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by yutasaito23 | 2006-12-03 00:26 | 日記